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  • 執筆者の写真Kakizaki Eugene

<レースレポ> 10/23 2021全日本選手権ロードレース 男子U23

開催地:広島県中央森林公園

レース距離:12.3km×10Laps = 123km

レース結果:13位(トップ+17s)


<使用機材>

ホイール:SHIMANO WH-9000 C35(F) - C50(R) TU

コンポーネント:SRAM Red Etap 11s

サイクルコンピュータ;XPLOVA X3

ギヤセット:54-38T / 11-30T


今シーズン最後、すなわちU23カテゴリー最後のレースとなった今大会には、勝つことだけに全集中し、心を込めて挑んだ。

9月下旬にフランスから帰国したのち、2週間の隔離期間を経ながら全日本に向けてコンディションを作り、1週間前の10/16にはKINAN AACA 1-1に出走して仕上げを行った。


木曜夜に現地入りし、金曜日は午後のコース試走で前日調整を行いレースに向けた最終準備を行った。





















レース当日は、スタート時刻が早朝8時と異常に早いため、レース食を食べるために4時半に起床。

5時までにレース食を食べ終え、6時に現地入りしてウォームアップをしていく。

早朝で体が動き出すまでに時間がかかるためじっくりとアップをしたかったが、タイムマネジメントを少しミスしてしまい20分ほどのアップとなってしまったが、そこはうまく対応した。

スタートはあえて最後尾から。

スタート直後から続く難しい下り区間でのカオスを避けるため、あえて密度の低い後方から少しずつ前に上がっていくことに。

案の定登りかえしの区間で集団中程の密集エリアで落車が発生し、それをのんびりと回避して番手を上げていく。

一周目の三段坂の入り口には中盤あたりの一切動かない位置に入る。

今回の作戦は、残り15km付近(残り2周の三段坂)までは一切動かないこと。

テクニカルかつ難易度の決して低くない広島のコースで、自分の脚質で優勝争いに絡むためには、前半はじっとして他の有力選手が攻撃しあって消耗していく中、自分は可能な限りじっと我慢して後半の勝負に向けた動きがある局面に1%でも多く力を残すことが大切。

ただ集団内にじっとしているだけでも自然に消耗していく広島のようなコースで、自分のような選手が前半から動くのは、普通ならば命取りになってしまう。

ここ2年の世界選手権でのジュリアン・アラフィリップの戦い方を参考にして、「積極的な消極性」を前半は意識して走った。

するとこの作戦はうまく嵌っていく。

前半からこちらの思惑通りに、強化指定選手や有力大学生らの合戦が続いてペースが落ちることないまま1時間以上レースが進む。

この間集団内にいるだけでも楽ではないが、動いている選手たちはさらに消耗している。

案の定、だんだんと各選手の攻撃の頻度と鋭さが弱まっていった。

レースが中盤に差し掛かったところで、BSの河野選手が単独逃げを開始して1分まで差を広げた。

かつての自分ならここで焦って追走に出ようとしていたところだが、今回はここでもあえて静観する。

この逃げに対して3人ほどの追走も出ていくがタイム差の推移と集団の様子からしてレース展開に影響はあっても優勝争いにはならないと判断して、これも見送る。

そうするうちにチームで枚数を揃えているEQADSや有力選手がいる大学らがエース級自ら集団を引っ張って追走していく。

この状況がしばらく続いたあたりで、そろそろBSが動くだろうと予想して注意していると、残り3周回の三段坂の最後の区間で兒島選手が飛び出していくのを確認し、予定よりも少し早かったが躊躇する理由がないため同調して自ら集団からの抜け出しを図って踏んでいく。

しかし山頂後の高速区間では一瞬グループが割れるが、後方もすがり付くように続き、許してはもらえずホームストレートでは再び集団一つに。

この一連の動きによって追走グループの3人を吸収し、単独先頭との差も20秒ほどまでグッと近づいたので、一旦休んで次の展開に備えることに。

ここまでは集団内で前に出て行かないようなポジションを守っていたが、ここまできたらいつでも動ける位置にいるために前方でキープする。

ここまでは大きな動きをほとんどしていなかったが、やはりコースによる自然消耗が強く、かなり脚にキてしまっていた。

そして本来動くつもりでいた残り2周の三段坂では体感的にペースが速く、ここから動くには消耗が大きすぎると感じ、飛び出すのではなくとにかく先頭のグループに入るようにして山頂をクリア。

しかし実際に見てみるとここで一気に人数が減っていたため、ペースが上がっていたのは確かだった様子。

この日のハイライトはこの後だった。

鐘を聞きながら最終周回に突入するとき、自分は若干ポジションを下げてしまっていた。

しかしここで、この日優勝したBSの兒島選手が単独でアタックし、独走を開始していた。

実はこの動きを、自分は完全に見逃しており気づけていなかった。(その後話を聞くと、やはり何人もの選手が見逃していた。)


実はこの状況は、2016年に同じ広島のコースで開催されたインターハイにそっくりだった。

確かあの時も、ホームストレートエンドでスルスルっと単独で抜け出した、当時名古屋高校だった林選手が二人の逃げに合流してそのまま独走体勢を築いて逃げ切ってしまった。

この広島のコースのアタックポイントは、実は三段坂ではなくブラインドの下り区間が始まるストレートエンドだったのかもしれない。


さて、話はレースに戻りますが、この状況で集団も決して止まっていたわけではないので、いかに兒島選手の独走が力強かったのか。

自分はこの時点では最後の三段坂で脱落しないために、とにかく絞られた集団の中で下り区間を休むことしかできなかった。

そして、三段坂に突入したが登りはじめの位置が悪く、集団の先頭から離れてしまっていた。

かなりきつい中で位置を保つことに精一杯で、最後の区間に差し掛かる時には集団真ん中あたりからのアプローチになってしまった。

ここでBSの山本選手が仕掛けたのを見ていたが、直前の左コーナーでインに押し込まれてフルブレーキングしてしまったあおりを受けて、この動きに対応できなかった。

脚がつりながらもその後ろに続くところに残ってゴール前までの下りに入ったが、前では抜け出した3人が差を広げていき、ゴールまでに追いつくのは絶望的な距離になってしまった。

残り500mの二連ヘアピンを超えて、最後の直線300mスプリントとなったが、両脚が攣りながら立って踏み込むこともできず、ほとんど力が入らないままなだれ込み、13位でのゴールとなった。



惨敗だった。



トップ10を目標にしていたのなら、この結果は惜しかったのかもしれないが、優勝を狙って挑んでいた自分にとっては、完敗である。

トップから17秒差の絞られたグループでのゴールは、決して悪くないようにも見えるけれど、ならばせめてそのグループの頭を取れていなければいけなかった。


最後にスプリントをできなかった大きな原因として、脚が攣ってしまっていた。

ラスト2周回、実はずっと左脚が攣りかけた状態で走っており、最後は両脚が攣ったままでスプリントすることになり、何も力が入らなかった。

脚が攣った原因は見つかっているので、その点は2度と同じミスをしないよう徹底的に改善していく。


レースの作戦自体は失敗ではなかったと自己評価している。

今の自分がこのレースで勝つための方法を考えた結果、レース中一切自分から動くことなくレースを作らないことを選んだ。

それで何も結果が残らずに終わってしまったのは端から見れば、ただただ弱いだけかもしれない。

しかし、決して自分向きとはいえない広島のコースで、そしてあの展開を考えると、もしも前半から動いていったならおそらく最終局面には集団からドロップしていても不思議ではない。

実際にもっと登れてこのコースが得意な選手で前半から積極的に動いていた選手たちは皆最後は沈んでしまっている。

それを考えると、優勝・表彰台にこそ届かなかったが、ただでさえ残ることも簡単ではない精鋭グループに残り、一つでも良い順位をとることが何よりも求められる全日本選手権では、間違った選択ではなかったと思っている。

今まで決してやってこなかった「消極的」な走りを、ただ消極的なのではなく「積極的な消極性」と見方を変えることをフランスで学び、実践できたことは大きな意味があった。

自分の弱点を理解し、受け入れて、そのコースに応じて時にはいつもと走り方を変えることも、ロードレースの大切な走り方の一つだと、今シーズンで学ぶことができた


しかし今大会は、根本的なコンディションはシーズンピークに比べて80%ほどの仕上がりにとどまってしまった。

これはパワーデータにも現れていた。

8月のツールドラヴニールで110%と言っても良いほどの最高の仕上がり具合に持ってこれたものの、落車によって一気に落ち込んでしまい、そこから2ヶ月でベストコンディションに戻せなかった。

素晴らしい仕上がりだった故に、その反動でラヴニール後の落ち込みは想像を超えるほど深かった。

今シーズンを振り返ると6月中旬から7月初旬のちょうど全日本選手権が開催されるはずだった時期にベストコンディションになっており、その状態で全日本選手権を走れなかったことは本当に残念だが、こればかりは仕方がないこと。

受け入れる以外には何もない。


(今回は兄の藍道にサポートに入ってもらった。ありがとう。)


U23を締めくくる最後のレースを、完璧な形で終えられなかったことは本当に悔しく残念だが、まだこの先も続く長い選手キャリアの中で、エリートに上がってからこそがもっとも大切な時間になる。

そのエリートになる来年から、周りを文句なく納得させられる走りをするべく、今回の結果を真っ直ぐに受け止めて、2022年シーズンに向けてこのまま走り続けていく。


2021年シーズン、応援ありがとうございました!


Photo : Creativeworks

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